風下に立ったがウヌが不覚よ…

迷える昭和の亡霊の面目ない日々。

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袋狢に一家言

袋狢という妖怪の発生について一家言的なものがあるよって話。

狢3



袋狢(ふくろむじな)については、鳥山石燕の「百器徒然袋」でその姿が決定的になったものと思われる。
元ネタは「百鬼夜行絵巻」「百鬼夜行図」と呼ばれる一連の絵巻物であるが、
小松和彦さんの「百鬼夜行絵巻の謎」(集英社新書ビジュアル版)などにくわしいように、いわゆる百鬼夜行図・絵巻には 真珠庵本、東博模本、日文研本など無数の伝本が存在し、はっきり言ってどれが典型でどれがどれの模写か確かな所はわからない。

袋狢はその名の通り袋を担いだ狢の妖怪で、女のなりをしている。
しかしこの袋狢、俺としては、写本伝本模写摸作を繰り返すうちに誤解により発生した妖怪だと考えている。
百鬼夜行図の典型、オリジナルを書いた作者が誰であるかは前述の通り最早わからないが、少なくともこの妖怪に関してはオリジナルでは狢ではなく、「履物の付喪神」だったのではないかと思うのだ。
下図上段は土佐光起による模本だが、下段の同妖怪と比べていだだきたい。

狢1
狢2

俺の考えでは模写の展開としては(描かれた時でなく)下より上のものの方が若い。
元の妖怪は丸い下駄の様な履物の、鼻緒を通す穴が目鼻になっている付喪神だったのだ。残念ながら画像が無かったが、東京国立博物館蔵のいわゆる「東博模本」などでは下駄の「歯」とおぼしきものが描き込まれているものもある。
つまり、オリジナルで履物の付喪神だったものが、模写が繰り返される際にその旨理解されず、着物からのぞく獣然とした手足の様子などから下段図のような「女の姿をした長い顔の獣の妖怪」に変わって行ってしまったのではないか。百鬼夜行の中には他にも獣身器物頭の付喪神妖怪が沢山いる。
「伊藤家本」「東大本」とよばれるもの等にもその誤解の萠芽が散見される。

ここで断っておくが、俺はこれらの資料について詳しいわけでも研究したわけでもないので、上図上段が下段より若いという確証はない。実際は原本が狢で下駄が誤解なのかもしれない。にもかかわらず俺が自信をもって「履物の付喪神が理解されず狢になってしまった」説を押すその根拠は実は「勘」だ。絵で米を、造形で味噌を買って生きてきた人間としての「勘」がそう囁くのだ。

同じように「勘」が囁いた経験は何度かある。
いわゆる「オーパーツ」として有名な「アカンバロの恐竜土偶」というものを初めてテレビで見た時などだ。
古代人が作ったとされる、恐竜にしか見えない土人形の数々。恐竜が人間の時代まで生き残っていたか、あるいは古代人が何らかの手段(タイムマシン?)で太古の恐竜の姿を知り得た、などと言われるものだ。
それらの「土偶」の画像を見た時にも造形家の(端くれの下っ端のパシリの)勘が囁いた。
「インチキですね」
古代人の造形物が現代人の目に稚拙に映るのは、手法が成熟していなかったのであって造形主が稚拙であったからではない。古代の造形主は古代なりに祈りや誠意をもって造形にあたっていたはず。
「恐竜土偶」と呼ばれるものにはそれらが感じられなかった。稚拙さの種類が違うのである。

話チョー長くなっちゃった。
ともかく「袋狢は履物の付喪神の写し間違い」。



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テーマ:絵画・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

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