風下に立ったがウヌが不覚よ…

迷える昭和の亡霊の面目ない日々。

新曲「The taling seed」アップしました



「3メートルの彼女」「ミナモニとケルセカイ」に続く"懐古Pアビス"シリーズ第三弾です

いや、アビスってのは動画説明で他人格に乗っ取られた風の
ネタ書いたからってだけです

今回Vはクレイアニメになりました。これは「3メートル」のコメで
シュバンクマイエル的」ってのがあったのでそれならいつか粘土アニメ
やってやろうとずっと思っていたのを実現したのです

凝ったアニメーションのようでもありますが実は各シーン100枚前後の
写真しか撮っていません。編集で繰り返したり逆再生したりで間を
持たせています


お話は20代の頃HyperCardで組んでいた(予告編しか完成しなかった)
オリジナルゲームのストーリーの流用物です。
ある日道端で「種」に語りかけられそれを拾うところから始まる、
クリーチャー育成アドベンチャーと言うかインタラクティブ小説でした。
レアなブランチとして妖精のようなビューティー系に育つ所が
ウリ。(でも結末は全部主人公が死ぬ)


そして曲は高校生の時に考えたピアノのリフ(リフっていわないか)に
メロディーをつけたものです。
高校の時に作った曲の再利用は中年ボカロPあるある

投稿初日にピンクフロイドっぽいと看破されましたが
ピンクフロイドっていうかプログレっていうか、
ギターソロはデイヴ・ギルモアを意識した感じはイナメナイw

歌詞の訳を一応書いときます

私は話す
輝ける暗闇の中で

スターゲイザーは去るがいいだろう

あなたは語る
燦然たる暗闇の中で

星明かりが私の中にとけ込む

どこか、どこでもない、それともビアベリー畑?

ああ、やり残したことがあるのです

私は話す
茫漠たる流星群の中で

のろまなマーモットは去った

あなたは語る
危険な上陸許可の間に

監視者はまだ起きている

どこか、どこでもない、マンティコアの住処?

ああ、私にはもう時間がない


行かせて、私を行かせてください

私は何かを見た
凶暴な猛火の中

暗い痕跡は消えた

あなたは何かを見るだろう
猛り狂う旋風の中

新しい予言は的中する

どこか、どこでもない、ナックラビーの棲家

ああ、あなたにはもう時間がない




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相撲取りはなんで「ごんす」って言うのか

IMG_0797.jpg

艦娘の球磨のセリフの語尾が「クマー」なのがツボってしまい2〜3日ツイッターで
語尾にクマーをつけていた俺
ですが、この「語尾キャラ」の元祖は
一体誰かなという話になりまして。
固定語尾でキャラ付けという事になるとこれはもう赤塚不二夫でいいんじゃないか
たとえそれ以前に誰かが使っていたとしても何を言うにも最後に必ず固定語尾を
つけるキャラ付けを漫画の手法として定着させたのは赤塚だろうと
5秒で結論が出ました。

しかし、年寄りのキャラクターが「〜じゃ」と言ったり「いる」を「おる」と
言ったりするキャラ付けの記号的な口調というものは赤塚以前からあります。
杉浦茂作品などにも普通に出て来るしドラマや映画などにも昔からあります。

これに関してはものの本によると江戸時代の芝居で既に使われていたようで、
江戸文化が花開いて
「俺たち江戸っ子ってイケてるよね」
「江戸ってナウいよね」
ってなった時、古めかしいものを表現するのに対比像として上方弁由来の
インチキな方言が生まれたと言う事のようです。
そう考えると「〜じゃ」とか「おる」とか
イントネーションこそそのままではないものの関西弁ですね。

では昔から疑問だったお相撲さんの「〜でごんす」はどうか。
検索してみたら、あるサイトで誰か有名な力士が方言を使っていてその印象が
広まったのではという説を唱えている人がいて、雷電為右衛門の故郷信州の一部に
そういう方言がありこれに間違いないと言っていました。
しかしちょっとピンと来ない。

ツイッターに書いたところ物知りの人からこれも江戸時代すでに歌舞伎や浄瑠璃で
使われているのが見られるとの情報が。
さらに調べると、テレビや義務教育の無かった時代、無学な者にとって標準的な
敬語は難しく「疑似敬語」としてとにかく語尾に「でござんす」をつける事が
教えられた事実が浮上。
「腹へった〜」よりは「腹がへったでござんす」とすれば一応敬語の体裁になる
というわけ。
江戸時代、相撲取りと言えば地方から連れて来られたその村一番の力持ち、無学な
田舎者という想像は偏見を帯びていますが、つまり当時すでにそう言うイメージが
あったのだ。
無学な田舎者が急に大都会江戸に連れて来られて侍に準ずるような
立ち居振る舞いを求められ、教えられた疑似敬語をなんとかしゃべっている。
「腹がへった…でごんす」
このイメージですでに江戸時代の芝居で相撲取りキャラの記号化がなされていて
現代にも引き継がれているのだろう、が結論です。

まとめると
江戸時代に無学な者用の疑似敬語が存在し、
相撲取りとはそういう者であるとのイメージから
当時芝居の相撲取りキャラのセリフがその口調で記号化された、
と言う事で、どうやら創作上の中国人の「〜アル」なんかも近い経緯のようです。

腑に落ちた


写真はホワイトボードに輪郭を描いておくとあとで子供が顔を描きいれるという遊び。



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